わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

先生、タイトルが降ってきません。

今週のお題「名前をつける」

 「小説を書くのに“降りてくるの待ち”はしちゃだめだよ」とゼミ教員にいわれているものの、タイトルだけは神様のお告げを待ってしまう。タイトルがばっちり決まっていないと小説を書きすすめられないわたしにとっては致命傷だ。去年の秋ごろに「書きます」とゼミ教員に宣言している小説も、タイトルが決まっていないせいで書きあげられていない。書く書く詐欺である。

 もちろん待ってばかりではなにもはじまらない。書きたいことについてメモをひたすら書く。息抜きにマイブームがきている花について調べる。それでも降りてきそうにないときは、ウォークマンのなかから書きたいことと雰囲気があっている音楽をさがす。特にGARNET CROWメレンゲを聞く。メロディーラインも音のつくりかたも好きだし、歌詞に使われていることばにするどさがあって好きなのだ。そこからタイトルとして使えそうなことばをお借りする。(ちなみに学科の後輩はエッセイのタイトルにスピッツの曲名をつかっていた。2歳下にはスピッツブームが訪れているようだ)

 逆にタイトルだけがひとり歩きするときもある。パブーで公開している『魚の缶を持つ男』がそれにあたる。成人式の日、とんでもなく勘がするどい同級生の男の子と再会した。そこから、「ものすごい勘を持つ男やな。いや、〈ものすごい〉ちゃうな、『裸の銃(ガン)を持つ男』みたいに母音がアアアになることばがいい。……〈魚の缶を持つ男〉か」なんてことば遊びで〈魚の缶を持つ男〉がうまれた。けれども、物語が浮かばなかったので使いどころがなかった。数か月後、音楽について小説を書きたいのにタイトルがおもいつかない。そこで、〈魚の缶を持つ男〉ということばをつかって書くことにしたのだった。

 タイトルといえば、ゼミの授業でタイトルバトルをしたことがある。タイトルが好きで内容も好きな小説を2作選んで、どこがいいのかをほかのゼミ生にアピールするのだ。最後はアピールをきいて「このタイトルは上手だ」とおもったものに投票し、優勝を決める。わたしはカズオ・イシグロの『わたしを離さないで』(原題:Never Let Me Go)と津村記久子さんの『カソウスキの行方』を持ってタイトルバトルに挑んだ。ちなみにゼミ教員が集計前に投票用紙をなくしてしまったので、どの作品が優勝したのかはだれにも分からない。

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

わたしを離さないで (ハヤカワepi文庫)

 

 

カソウスキの行方 (講談社文庫)

カソウスキの行方 (講談社文庫)