わらびの日誌

Please forget me not, but I'll forget you. So it goes.

夏目漱石『虞美人草』

夏目漱石虞美人草

――愛のない恋をしようとした話。
虞美人草 (岩波文庫)

虞美人草 (岩波文庫)

 

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  恋愛とは、すくなくとも一方が相手にたいして、恋とか、愛とか、好きといった感情を抱くから発生するものだとおもっていたのだけれど、夏目漱石の『虞美人草』ではどうやらそうでもないらしい。

 小野さんは恩師である孤堂先生の娘・小夜子と結婚する約束をしている。けれども、〈孤堂先生の世話が出来るために、早く藤尾と結婚してしまわなければならぬ〉なんて言い訳をでっちあげて、小夜子ではなく藤尾と結婚しようと考えている。藤尾のほうが美しいし、兄の甲野さんが家も財産もすべて藤尾にやるといっているからお金もあるのだ。

 藤尾は宗近君の許嫁ではあるけれど、宗近君のことを恋愛対象とはおもっていない。藤尾の母も許嫁など父親同士がした約束であってじぶんは知らないと言い張っている。母娘そろって、相手は宗近君ではなくて小野さんのほうがいいとおもっている。しかし、小野さんのどこが好きだからというのではなさそうで、〈我の強い藤尾は恋をするために我のない小野さんを択んだ〉のだった。

 おたがいに結婚したいとおもっているのだからふたりは両想いといえるのに祝福したいとおもえないのは、結婚するべきひとの存在もあるけれど、小野さんと藤尾をつないでいるのが、恋とか、愛とか、好きといった感情ではなくて、プライドだからだ。美しいひとと、お金持ちと結婚したいというのは小野さんが自己満足するためでしかない。藤尾はそもそもじぶんのプライドを満たすために小野さんをもてあそんでいる。小野さんが小夜子といっしょにいるところを見て腹をたてたのは嫉妬ではなくプライドをもてあそばれたと感じたからだし、小野さんの妻君だと小夜子を紹介されてとつぜん死んでしまったのもプライドが高すぎたからだとおもうのだ。(プライドが高くないひとはこの場面でとつぜん死なないだろう)

 ところで、小夜子は五年前から結婚の約束をしていた小野さんと最終的には結婚することになるのだけれど、一度結婚を断られた相手といっしょになってしあわせに暮らしていけるのだろうか。それだけが心配です。