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わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

いしいしんじ『ある一日』

いしいしんじ『ある一日』

――2015年4月26日に読む。
ある一日

ある一日

 

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  前にバイトしてたとこのレジまでの道が砂漠になっててなんでこんなとこ走らなあかんねんっておもいながら走る夢をよくみる、と電話で話して眠ったら、ほんとうにその夢をみた。十一時前になっていた。リビングに降りてそうめんをすする。きょうは晩ごはんいるん、と母に聞かれて、いる、と答える。選択肢からはずれてしまった、ユウと晩ごはんを食べに出かけていた未来を想像した。

 ベッドに寝転がって、『ある一日』をひらく。出産予定日をむかえた園子とその夫である慎二は産院に行き、老舗ギャラリーで猫の絵を見て、まつたけとはもを買い、医院で目の検査をし、鴨川の飛び石のうえでバイオリンを弾く女性を見かける。ふたりが歩いている京都のまちは〈広い海原〉だ。ということは、京都の端っこで彼らの物語を読んでいるわたしも波を受けているのだった。けれども、海水の冷たさは感じられなくてやけに暑いので、窓があいているのを確認する。西陽が差している。部屋が夕焼けの熱を溜めこもうとしているらしかった。

 お風呂に入ったあと、園子はお腹が痛いことに気づく。ふたりはタクシーに乗って産院にむかう。園子の子宮口はすこしだけひらいていた。おなじ姿勢でいられないような激痛で園子は悲鳴のような声を上げる。はじめに入った403号室から陣痛室に移動し、ついに破水する。さまざまな記憶が消え、痛みにさからって生のほうへ向かおうとする本能だけが残る。びしょ濡れになった園子のなかで「いきもの」が目をあける。なにかがどこからともなく、出ていけ、お前のなかから、と「いきもの」に告げた。

 じぶんのなかにじぶんでないものがいるのは恐ろしい気がするけれど、大雑把に言って、海でうまれて進化を繰り返して陸にあがってきたじぶんでない豚を晩ごはんの豚カツとして噛んで飲みこんでいる。選択肢からはずれた未来と、「いきもの」を抱えて京都の〈広い海原〉をたゆたっている想像のなかのじぶんたちと、そんなことを考えているじぶんを飲みこみながら。

 もうすぐ2015年4月26日が終わる。夜の風は涼しい。