わらびの日誌

Please forget me not, but I'll forget you. So it goes.

獅子文六『てんやわんや』

今週のお題「最近おもしろかった本」

獅子文六『てんやわんや』

――犬丸順吉の1年間。
てんやわんや (ちくま文庫)

てんやわんや (ちくま文庫)

 

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 犬丸君が東京に現れたのはいつぶりだろうか。一体どこでなにをしていたのだと聞くと、犬丸君は〈無産無職、今年二十九になる、つまらぬ男であるが、これから長い物語を始める〉と宣言するのだった。

 物語は1年前、終戦後の冬から始まる。犬丸順吉君は綜合日本社の記者で、情報局で勤めていたことが戦犯になりかねないと鬼塚社長に言われ、社長の郷里である伊予に身を隠すことにした。どうりで見かけなかったわけだ。社長から預かった秘密書類と荷物を持って犬丸君は汽車に乗りこみ、相生長者・玉松勘左衛門氏のもとに身を置いた。相生町は飢えがなく、東京よりも平和なところだそうだ。一度だけ社長とえらくめかしこんだ花兵ちゃんが連れ立って相生町にやってきたそうだが、それ以外は平穏に過ごすことができたという。じゃあなんでこっちに帰ってきたのだと問うと、相生町にいる理由がなくなったと答えた。

 向こうの友人たちと相生町よりもさらに自然豊かな土地・檜扇に遠足に行ったとき、犬丸君は平城銅八氏の家に泊まることになった。もてなしの泡盛で泥酔した犬丸君は椿の花を敷いたように赤い布団で銅八氏のとても美しい娘・あやめと夢のような一夜を共にした。それ以来、犬丸君はあやめに恋心を抱くようになった。けれども、檜扇に行くことはなかなかできず、再会できると思っていた祭りの日にも会えずじまい、ようやく会いに行ったときには、もう遅い。あやめは許婚の土佐の家に嫁いでいた。犬丸君はあの日の赤い布団ではなく縞目も分からない黒々とした布団に顔をうずめて泣いたという。おいおい、これじゃあまるで花袋の「蒲団」じゃないか!

 あやめがいないのでは相生町にいる意味もなく、求心教や四国独立もなんだか面倒くさくなってきて、そこに地震が起きたので犬丸君はこっちに戻ってくることにした。実にバカバカしい1年だったと犬丸君は言う。

 いま、彼は花兵ちゃんに会いに行っている。二人の関係がどうなるか、職がどうなるか、なにも分からない。彼はまだまだてんやわんやな日々を過ごすようだ。