わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

大島真寿美『やがて目覚めない朝が来る』

大島真寿美やがて目覚めない朝が来る

――いまこの瞬間にあなたがいるということ

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 このリモコンかってさ、震災で流されたおうちのかもしれへんっておもうとさあ。砂浜に流れついていたテレビのリモコンを見ながら友人が言ったとき、ニュース番組で見た津波に追われている車の映像をおもいだしていた。鎌倉の海だって、あの日ひとびとを呑みこんだ海とつながっている。

 「わたし」・有加の父である舟も海で死んだのだった。自殺だったのかも、理由も、なにもわからない。母ののぶ子との離婚後、ひっそりと会いにきた舟にいっしょに帰ろうと中学生の有加は言ったけれど、ついに帰ってくることはなかった。舟が死ぬまえに帰ってこなかったのは、もしかしたら母子であまりよくおもっていなかった蕗さんの家にころがりこんでいたからかもしれないと有加はおもっている。

 蕗さんは舟の母で、有加の祖母だ。有加は蕗さんのことを、おばあちゃん、と呼んだことがない。まわりのひとがみんな蕗さんと呼んでいたから、有加もそう呼んでいた。蕗さんが住む洋館にはよく客がきた。当時小学生だった有加は大人たちの会話を聞いて蕗さんの過去を知る。蕗さんはかつて舞台を中心に活躍していた大女優だったこと。海辺の町で秘密裏に舟を出産したこと。マネージャーの富樫さんが母親代わりになって舟を育てたこと。洋館ですごした日々はとても穏やかだった。けれども、ひとびとに死期がおとずれる。蕗さんは薔薇の茎を切りながら〈やがて目覚めない朝が来る〉とつぶやく。〈「眠りにつくときによくそう思った。やがてこのまま目覚めない朝が来る。それは明日の朝かもしれない」〉

 舟の死後、ふとした瞬間にのぶ子が〈ああ、舟ちゃんは死んだんだった〉と言うのが悲しい。夫が死んで悲しいという意味ではなく、いまとても楽しいのにあなたがここにいなくて残念だというきもちがこめられていた。

 鎌倉の海は何事もなかったかのように波打っていた。こういうの、不法投棄のほうが多いんやろうけどさ。友人は貝殻を拾っては、もう家にいっぱいあるから持って帰ったらあかんとその場に放っていた。