わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

タクシー乗り場にて闇のことばに触れる

今週のお題「方言」

 山手線の電車にはねられたわけでもなく、その後養生にというわけでもなく温泉に行きたくなって、わたしたちは熊本県阿蘇にある地獄温泉にむかったのだった。新幹線に乗りこみ、博多で寄り道して、それからまた電車に乗りこんで、阿蘇下田城駅までやってきた。ここからは公共交通機関はなくて、地獄温泉までの道のりは歩いてのぼりきれるようなものではなかったからタクシーを予約していた。

 タクシー乗り場には窓口と待ちあいをかねた小屋があった。中にはタクシー会社のおじさんと、会社のひとではないらしいおじさんがいた。わたしたちは2泊3日分の荷物を床において腰をおろした。どちらから? と聞かれて、京都からです、と恋人が答える。するとおじさんたちが口々に京都について話しだした、のだとおもう。京都の名所がいくつかと、語尾の「~ばい」しか聞きとれなかった。そういえば高校生のときに仲がよかった先生が「~ばい」と言っていたなあとおもいだした。けれど、先生のばあいは語尾だけが熊本弁で、タクシー乗り場のおじさんたちはほかのことばも熊本なまりがあった。もしかしたら生まれてからずっと関西で暮らしているわたしがふだんはなしていることばをつかっていたのかもしれないけれど、なまりがあるだけで別世界のことばに変化していた。

 熊本弁といえば、『アイドルマスター シンデレラガールズ』の神崎蘭子中二病がかった話しかたも熊本弁と呼ばれている。彼女が熊本県出身だからだ。蘭子は「煩わしい太陽ね」とか「月は満ちて太陽は滅ぶ。漆黒の闇夜に解き放たれし翼……」とか闇のことばをつかう(前者が「おはようございます」、後者が赤城みりあ曰く「きょうも仕事で帰りが遅くなる」だ)。アニメではプロデューサーが蘭子のことばが理解できなくて困る回もあるくらい、蘭子のことばは意味がわかりにくい。ほんものの熊本弁とはぜんぜん違うけれど、理解しようとしなければ熊本弁も闇のことばになってしまうのだろう。それは熊本弁だけでなく、ほかの土地のことばでも、外国語でも、通じあえるはずの標準的な日本語でも起こりえることだった。わたしが口にだしたことばも、誰かにとっては闇のことばかもしれない。

 旅館のひとは熊本弁というよりも、西日本がわの、関西弁をやわらかくしたようなイントネーションで話していた。熊本市内を観光していても熊本弁は聞こえてこなくて、熊本弁を聞いたのはタクシー乗り場の一度きりだった。