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わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

ただ死にたくなるほどせつないだけだ――パトリス・ルコント監督作品『仕立て屋の恋』

TRIPS!②ただ死にたくなるほどせつないだけだ――パトリス・ルコント監督作品『仕立て屋の恋』

 見ているだけでよかった恋って、残酷だ。

 映画『仕立て屋の恋』の主人公である仕立て屋・イールの恋も残酷な終末をむかえる。イールはじぶんの部屋の窓からむかいのアパートに住むアリスの生活を覗いていた。彼女に恋人がいることは知っていたし、会いたいとか、触れたいとか、そういうことはどうでもよくって、ただ見ているだけでよかった。けれども、ある雷の夜にアリスは窓のむこうからイールがこちらを見ていることに気づいてしまう。彼女はイールとの接触をはかる。実は、恋人が殺人事件の犯人で、彼女は事件当日に遺留品の隠蔽を頼まれていたのだった。もちろん、アリスの私生活はすべて覗き見て知っていたイールは事件当日も彼女の部屋を見ていて、彼女も事件に関わっていることも知っていた。でも、イールはじぶんが疑われることになっても警察にはなにも言わなかった。アリスに恋をしていたからだ。イールはアリスを守ろうとしていた。

 アリスに裏切られたことがわかったとき、イールは「ただ死にたくなるほどせつないだけだ」と言う。抱きしめたのも、キスしたのも、もしかしたらぜんぶ嘘だったのかもしれないけれど、すこしでも彼女の愛をうけた彼にとってどれだけ悲しいできごとだったのだろう。窓、という境界線がなくなった恋は調子を狂わせてイールを死なせてしまった。見ているだけでよかった恋は片想いの危うさにとてもよく似ていて、見ているだけでとどめなければ欲に殺されてわるい結末を引き起こしてしまうのだ。ふたりは覗き見る・覗き見られる以上の関係になってはいけなかった。

 それでも、「ただ死にたくなるほどせつないだけだ」ということばにさえイールは怒りをこめていないから、彼はアリスのことをずっと愛したまま旅立ったのだろう。「君は喜びをくれた」と言って。