わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

02'00"

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE

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TRIPS!③02'00"

 長いあいだ本棚にしまってあったからなのか、それとも一度湿気を吸って乾いたからなのか、本のページをめくるとぱりぱりと音がする。この音と、この音を鳴らす手触りが、なんだかすきだ。

 高校1年の夏休みから翌年の6月まで、スクールバッグに太宰治の『津軽』をずっと入れていた。華の女子高校生が太宰の小説をつねに持ち歩いていたなんておかしなはなしだとおもわれるかもしれない。当時、わたしは放送部に所属していて、『津軽』はNHK杯全国高校放送コンテストの朗読課題作のひとつだった。課題はぜんぶで5作品あって、そのなかから1作選んで朗読原稿をつくるのだけれど、『津軽』にしようとおもったのは文庫本カバーに載っている太宰の写真がやたらと格好良かったからだ。似非文学少女ゆえに、イケメンの小説家のおじさまにはたいへん弱いんである(顧問の先生は、こんなんわざと格好つけてるに決まってるやろ、なんて言っていた。いまとなってはわたしもそうおもう)。

 津軽風土記の執筆を依頼された太宰は、故郷である津軽半島を3週間かけて1周する。この3週間は、実際に住んでいた土地なのに知らなかったこととか、じぶん自身の人格のルーツとか、それまでの人生で気がつかなかったことを認識する旅になった。

 わたしは『津軽』でまんまと太宰にはまった。この小説家のおじさま、とってもキュートなんである。旅のあいだのたべものは質素に・淡泊にと決めていたくせに、友人のN君に〈お出迎えなどは、決して、しないで下さい。でも、リンゴ酒と、それから蟹だけは〉なんて手紙を書いたりする。蟹は食うんかい! とつっこみたくなる。だいすきな蟹だけは食べたくって欲に負けるとは、なんて弱くてかわいいのだろう。それから、己のキザさのせいでちょっとずつ失敗しているところが人間くさくて、読んでいるほうも恥ずかしくってほろ苦い。三厩への道中では、これからお寺に行くにもかかわらず2尺の鯛を買ってしまう。同行していたN君には下手な買いものをしたと軽蔑されるし、宿では鯛を丸焼きにしてほしいと頼んだのに5等分に切り分けられて見るも無惨な焼き魚にされてしまうところは、笑えて、それでいてなんともかわいそうであった。わたしはこのシーンを朗読原稿に選んだ。

 高校2年の6月、舞台に立つ。地区大会の決勝まできた。ここで勝ちあがれば7月の全国大会に行ける。けれども、じぶんの番号の72番のアクセントがあやふやだ。マイクスタンドがぐらぐらしている。どこのねじがゆるんでいるのかわからない。いじっているうちにマイクがずれておおきな音をたててしまう。気にしないことにして客席をみる。ともだちも、先輩も、顧問の先生も、ほかの出場者も、みんないる。あんまり緊張してへんな、とおもう。原稿をかまえる。そして口角をあげて、72番、と声をだす。同時に、ストップウォッチを押す音がきこえた。規定タイムに朗読がおさまっているか計っているのだ。朗読の規定タイムは1分半以上、2分以内だった。ストップウォッチが02'00"をきざむまでの勝負である。わたしの声は、大陽気で、なぜだか鯛を買ってしまう太宰になった。

 〈「そんなものを買ってどうするの?」/「いや、三厩の宿へ行って、これを一枚のままで塩焼きにしてもらって、大きいお皿に載せて三人でつつこうと思ってね」〉

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津軽 (新潮文庫)

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