リラをさした人魚に風が吹いたから
今週のお題「植物大好き」
TRIPS!⑥リラをさした人魚に風が吹いたから
ライラック、ということばとはじめて出会ったのはGARNET CROWの「closer」の歌詞だった。
〈この角曲がると逢えるかな 思わずにいられず/涙流さぬよう遠回りする道 ライラックの香り吹き抜ける〉
けれど、この曲は彼らのさいごのアルバム『Terminus』のラストソングだったから、ショックであまり聞かなかったし、サビの〈つながれた日々が確かに/焦がれた日々が確かにあったよね〉がはなればなれになるひとたちが過去のじぶんたちは間違いなくいっしょにいたのだと言い聞かせている感じがするのがかなしくて、ライラックよりもさいごの曲という印象が強すぎた(ちなみに『Terminus』のなかだと「trade」と「The Someone's Tale」と「P.S GIRL」がすきでしょっちゅう聞いている)。
〈ライラック吹き抜ける〉のメロディーがあたまのなかで流れたのはついさいきんのことだ。ことしの3月の大東京マッハで俳句にはまって、まだ17音にことばをととのえるのでせいいっぱいだけれどじぶんでも俳句をつくるようになった。3月の下旬、きょうも俳句をつくろうと歳時記で春の季語を探していたときにライラックを見つけたのだ。『今はじめる人のための俳句歳時記』(角川ソフィア文庫)ではこう説明されている。
〈ライラック[リラの花] ヨーロッパ原産の落葉低木(または小高木)で、街路樹としてよく植えられる。紫色または白色で、小花を円錐状につける。甘い香りをもち、香水の原料になる。文学的な連想もひろがる。リラはフランス語。〉
甘い香りがするということはライラックもすてきな花に違いない。甘い香りがする花=すてきというのは沈丁花と梔子と金木犀で証明されている(間違ってもトイレの芳香剤のにおいなんて言わないでほしい)。そして、歳時記に引用されていた〈ぷつつりと切る髪リラの花匂ふ(川口文子)〉がなんとも色っぽくって、つい、うっかりと、見たこともないライラックの花に恋してしまったのだった。それから数日のあいだ、とりつかれたかのようにライラックの花の写真を見て、〈ぷつつりと切る髪リラの花匂ふ〉をこころのなかで唱え、ついにこころを決めてライラックという季語で俳句をつくった。リラをさした人魚に風が吹いたから。とくに意味はない。ライラックが咲くところには春らしくない冷たい風が吹くだろうし、冷たい風が吹いた先にふだん海にいて風に吹かれそうにない人魚がいたらいいかな、くらいの考えだ。でも、わりと気にいっている。そういえば、大学の合評でおこなわれた句会で月下美人の句を特選にしたことがあった。どうやらことばとしての花に弱いらしい。
もうライラックの季節はおわってしまうだろうから、らいねんの春にまた恋しよう。京都に咲いていないのなら北海道にでもどこにでも旅にでよう。そうおもっていた。しかし、検索してみるとゴールデンウィークに行ったガーデンミュージアム比叡にライラックがあったらしいのだ。サイトにも「ライラック、ワスレナグサ、オオデマリなども見頃を迎えております」と書いてある。ぜんぜん気がつかなかった。リラ冷えということばがあるから春でももっと涼しい時期に咲くのだとおもいこんでいたのだった。咲いているとわかっていたらライラックがある甘い空気をきちんと吸いこんだのに、なんだか悔しい。
そうしている間に夏になって、今度は梔子に恋する季節がはじまって、近所の川沿いの梔子が花をひらくまえに剪定されないように祈る日々がやってくるのだろう。