わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

となりの神さま

特別お題「心温まるマナーの話」by JR西日本

TRIPS!⑨となりの神さま

 とにかく危機察知能力が低い。暗いところには気をつけるんやでとか、夜にひとりで出歩くのは危ないでとか、よく注意されるのだけれどいまいちぴんとこない。悪意なんてどこかよそのできごとだとおもって生きている。だから、早朝の山手線であいている席にすわってしまったのだった。文学フリマで売る本を入れたおおきな紙袋を抱えたまま立っているのはしんどかったし、席があいているのに立ったままでいるのは逆にほかのひとの邪魔になっている気もした。すわった席の周辺はあいていて、なんでみんなすわらへんのやろうとおもっていた。

 ひざにのせていたリュックサックのひもをつかまれてはっとする。手が伸びてきたほうを見ると、二席あけて左隣に髪がぼさぼさのおとこのひとがすわっていて、じっとりとした目でこちらを見ていた。なぜひもをつかまれたのかわからなかったけれど、すぐに離してもらえたのでまあいいかとおもった。けれども、またひもをつかまれたのである。こころなしか太もももちょっと触られている気がする。手をつかみかえすと、触るな、触るな、と低い声で文句を言われた。手を離しておとこを観察してみる。からだが必要以上にこちらがわに倒れていて、肩からうえがやたらとふらついている。顔色がなんだか茶色い。眼鏡の奥の目がすわっている。酒くさい。ここでようやくこのひとが酔っぱらいで、なにやら絡んでくるからまわりの席があいているのだと気づいた。

 さて、どうしたものかとおもう。まわりを観察する。何人かがちらちらとこちらに視線を送っている。きっと、これからどうなるのかを見ているのだ。ウーマンラッシュアワーのネタみたいに助けを求めても正義の味方のバイトリーダーはやってきそうにない(なお、中川パラダイスさんは女子高生姿よりも私服でネタをやったほうが断然かわいい)。もう一度酔っぱらいのひとを観察する。また手は伸びてくるだろうか。ここで、酔っぱらいのおとこのひとの倒しかたを考えてみる。手が伸びてきたばあい、右手で手首をつかんでひねり、左ひじで相手のひじを打つ。からだごと覆いかぶさってきたら、100円玉の棒金入りのリュックサックであたまをがつんだ。なにか言われたら、なにしてくれとんのじゃぼけえ、しばくぞわれえ、あほたれがあ、ごめんやしておくれやしてごめんやし、などと関西弁でまくしたてよう。しかし問題なのは、触られたのがからだではなくリュックサックのひもだということだ。触られたのがわたしでなくリュックサックのひもとなると酔っぱらいのひとが暴行したことにはならないからまず正当防衛にならない。というか、ひじを打つことで骨折させたり、あたまをがつんとやることで流血させたりなどしたら、正当防衛ではなく過剰防衛である。罰金だろうか、懲役何年だろうか、執行猶予はあるだろうか、とにかく警察につかまるやつである。警察につかまったら文学フリマに行けない。それは困る。ああ、なんてめんどう!

 手首ひねるくらいやったら大丈夫やろうかなんて懲りずに考えていたら、別のおとこのひとが真横の席に腰をおろした。酔っぱらいのひとの姿が視界に入らなくなる。ようやくほっとして、座席に深くすわりなおした。助けるつもりですわったのか、酔っぱらいのひとの存在に気づかずにすわってしまったのかはわからないけれど、わたしにとってはとなりにすわってもらってとても安心したから、そのひとのことは神さまみたいにおもえた。

 それからまもなく、目的地に到着して電車を降りた。ここから先は無事に文学フリマに行けそうだ。となりにすわってくれた神さまに感謝しつつ、会場にむかった。

 数十分後、モノレールの駅の改札にはさまれるなんて、まだつゆも知らない。

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