わらびの日誌

Please forget me not, but I'll forget you. So it goes.

革命のエチュードとか

今週のお題「2016上半期」

TRIPS!⑪革命のエチュードとか

 6月がおわると、ことしまでおわってしまったような気になる。そのようなことを恋人に言ったら、それはおもわへんわ、とあっさりかわされてしまった。1月から6月までがあっというまに過ぎていったことを考えると、きっと7月から12月までもおなじくらいの速さで駆け抜けることになるから、ことしなんてすぐにおわってしまうだろう。だから、まだ折り返し地点なのにことしもおわりかあなんてぼんやりとおもってしまうのである。もしかしたら生き急いでいるのかもしれない(ユーミンの「Hello, my friend」みたいにそっとたしなめてほしい)。

 2016年というのは、ゆいいつ恋人との記念日がくる閏年であり、24歳をむかえる年女の年でもあって、妙にパンチがきいている。大学時代におなじゼミだった後輩たちの卒業制作12作品を読破したりとか、「彼女をバスタブにいれて燃やす」の大前粟生さんに感想を送ってみたりとか、大東京マッハに行って俳句にはまったりとか、ゆるやかに読書したりとか、句会に参加したりとか、御室八十八ヶ所に行ったりとか、『仕立て屋の恋』でしばらく落ちこんだりとか、「涼宮ハルヒの憂鬱」でハルヒに嫌悪感を抱いたりとか、「重版出来!」で泣いたりとか、1か月と1週間で原稿用紙100枚分の小説を書いたりとか、後輩とともだちの原稿を読んだりとか、ショパンの革命のエチュードがそこそこ弾けるようになったりとか、〈「愛している」って言ってみたかったのです〉にやられたりとか、閏年と年女の力を借りて、1月には想像していなかった生活を歩いてきたのだった。逆に1月よりまえのことはあまり覚えていなくて、ある日とつぜん6月にワープしてきたような気さえしてくる。ゆるやかに歩め、がモットーなのにちょっと走ってしまったかもしれない。

 ことしのおわりになれば、6月までの道のりも忘れて、やはりとつぜんワープしてきたような気になって、さらに月日が流れれば2016年なんてどうってことない年になるのかもしれない。もしかしたら7月から12月はうだうだと生きてしまうかもしれない。でも、なんとなく、ほんとうになんとなくでしかないけれど、ターニングポイントというか、重要な決意をするというか、なにかおおきな意味をもつ年になる気がしてならない。そうであってほしいとおもえるくらいにはぼちぼちまあまあわりと元気にすごしているのである。

 そうやってうぬぼれながらそわそわしているうちに、6月のさいごの日がやってくる。

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