わらびの日誌

Please forget me not, but I'll forget you. So it goes.

価値観

今週のお題「もしも100万円が手に入ったら」

 TRIPS!⑫価値観

 100万円とは、つまりわたしの給料約10か月分なのだった。仕事をしているひとであれば手が届く金額だ。就職活動中に、アルバイトで100万円貯金したというおとこのこに出会ったこともある(それは集団面接で聞いた話だったのだけれど、彼によるとじぶんに自信をつけるために貯金をしていたみたいで、その後はぱあっと遊びにつかったそうだ)。しかし、そういうのでなくて、ある日とつぜん1万円札を100枚束ねて帯を巻いた100万円をふわっともらえるのがなんともときめくんである。ちなみにその100万円には税などがかかっていなくて、けっきょく差し引き93万円やないか! なんてことはないということにしておきたい。

 さて、これからもしも100万円が手に入ったらという想像をしていきたいのであるが、まず「使う」と「使わない」に選択肢が分かれる。「使う」は分岐が細くなるので先に「使わない」について考えてみる。

 使わないということはつまり貯金するということだ。日常生活でなにかあったときのための貯蓄、これからなにかをするためにしておく貯蓄の2種類が主にあげられる。どちらにしても貯金とは安心感を得るためのものである。今月はめちゃくちゃお金をつかってしまったけれど貯金はしてあるから大丈夫とおもえるのとおもえないのとではこころの安定具合も違ってくる。よって、なにかあったとき用に10万円、これから用に10万円貯金しておきたい。

 20万円の安心を得たところで、いよいよお金を使っていきたいとおもう。残り80万円である。使うという選択肢を選ぶと、ふだん買っているようなものをストック買いするとか、すこし高価なものを買ってみるとか、家電などのなにかおおきなものを買い替えるといった金額面の問題から、誰のためにお金を使うのか、手もとに残るものに使うのか残らないものに使うのかなど、考えなければいけないことが多方面にわたり、分岐点が増える。ただし、才能とか感情とか、触ることができないものは買うことができない。そうおもうとお金を使って手に入れられるものにも限度があるのだった。しかも、なににどうお金を使ったかによって満足感も得ないといけない。

 そうして、ずっと買えていなかったCDを買うとか、毎月お金を割りふり忘れている下着とか、使ってもいい場面もあるはずなのに、いざ考えてみるとお金の使い道がおもいつかないのであった。根っからの貧乏性なのだった。おもえば、むかしはじぶんで選んで買っているはずなのにお金がなくなったことに泣くような子どもだった。いまでもおなかがきりきりするときがある。きっと性格的に豪遊もできないし、貯金したとしてもあとから使うというときにお金をおろすことができなくなるのだろう。ないものについて考えるのはもともと得意じゃないし、わりとめんどうくさくなってきたので、想像上の100万円はすべて奨学金の返済にさくっとあててしまうことにする。

 想像のなかでも自由になることはできない。

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