わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

又吉直樹『火花』

又吉直樹『火花』

――決してとくべつではないひとびとのこと。
火花

火花

 

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 夢とか、挫折とかは、ことばにしてしまうと感傷的で美しくなりすぎるし、甘えなんじゃないかっておもってしまう。『火花』のことは、夢とか、挫折とか、そういうことばでいいあらわしていいのかはわからない。でも、努力がものをいわなかったり、センスでもひっくりかえすことができなくて、お金や時間の経過ではどうにもならない世界がひろがっている。

 熱海の花火大会の日、お笑いコンビ・スパークスとして余興で漫才を披露していた「僕」・徳永は先輩芸人にあたる神谷さんと出会い、意気投合する。考えていることを発話するまでのスピードが遅くてあまりしゃべるのが上手でない徳永に対して、神谷さんはおもしろくて、おもしろいことをすぐに口にできる瞬発力があり、おもしろくなるのであればでたらめな歌をうたうし、おもしろいとおもったことには本気で取りくむことをじぶんにも他人にも求め、芸人というものはこうであるべきだという確固たる考えを持っていた。徳永は神谷さんを恐れながらも尊敬していた。

 徳永は相方の山下との息の合わなさに焦りを覚えることもあったけれど、スパークスの仕事は徐々に増えていった。いっぽうで、神谷さんのほうは彼女と別れてから積み重なる借金で首がまわらなくなっていく。お笑いでもなかなか評価されない。それでも徳永のことを気に入っていてごはんをおごったりもするのだけれど、おたがい仕事がなくなっていき、徳永たちスパークス解散した後に姿をくらます。つぎに徳永が神谷さんと再会したのは1年後で、本気でおもしろいとおもって豊胸手術をしたあとだった。

 夢がおわるのはタイムリミットがあるからだ。それが徳永からしてみれば売れてもいいはずの神谷さんにもあてはまるのがなんとも寂しい。〈必要がないことを長い時間をかけてやり続けることは怖い〉のに、それでも神谷さんが漫才師でありつづけるのは、すきだからとか強さとかそういうのではなくて、漫才師というものから逃れられないからだった。それはある意味で夢が潰えることよりも残酷な現実かもしれない。