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わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

ミヒャエル・エンデ『モモ 時間どろぼうと ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語』

ミヒャエル・エンデ

『モモ 時間どろぼうと ぬすまれた時間を人間にとりかえしてくれた女の子のふしぎな物語』

――退屈じゃしあわせになれない。
モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語

モモ 時間どろぼうとぬすまれた時間を人間にかえしてくれた女の子のふしぎな物語

 

 

  中学時代の親友に誘われてファミレスで会うことになった。仕事のことで話したい、ほかのともだちも連れていくといっていたから、てっきり親友の職場でなにかあったのかとおもっていた。まえにもどこかで書いたけれど、わたしは危機察知能力が低い。ともだちが「うちがこの仕事知ったんは何月何日で」と話しはじめたときになって、よくない話をもちかけられていることにようやく気づいたのだった。ほしいものの順位づけ、はたらきすぎて倒れるAくんとのちに得をする方法ではたらくBくん、複業、シャンプーなんて原価100円以下であとは広告費で無駄、ある会社のビジネスを口コミするだけで手に入る月給50万円、あくせくはたらかなくてもじぶんの下にひとをつければつけるほど上がる給料。感情が冷めていくのを感じつつ、まるでミヒャエル・エンデの『モモ』に出てくる灰色の男たちみたいだなとおもっていた。

 灰色の男たちは町のひとびとに時間を節約させることで、時間をうばう。明確な数字を打ちだし、人生でどれだけ時間を無駄にしているかを知らしめることでひとびとを動揺させ、時間貯蓄銀行で時間を貯めることを勧めるのだ。町のひとびとが時間をうばわれてせっかちに生きるなか、主人公のモモだけは時間をうばわれなかった。モモは灰色の男たちの手から逃れ、時間の国にたどりつく。そこでひとびとに時間を送りこむ役割をになうホラと出会い、時間がどういうものであるかを知ったモモはやがて灰色の男たちに立ちむかうことになる。

 モモを手中におさめようとある灰色の男が完全無欠な人形を与えようとしたとき、モモは完全無欠でも自由な遊びかたができない人形と男のはなしに退屈さを覚えた。あ、とおもう。わたしが彼女たちのはなしを聞いて感じたのは退屈さだと気づいたのだ。

 ある会社、というのを調べたら彼女たちがやっているのはマルチ商法だとわかった。しあわせになってほしいから話すんやで、ということばがあたまから離れなかった。親友の連絡先を消した。今後、彼女と会ってもしあわせになれないから。