わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

今日君が笑う、それだけで春だ。

今週のお題「私のブログ・ネット大賞2016」

 メレンゲの「君に春を思う」にやられつづけた1年だった。「8月、落雷のストーリー」のことをエッセイに書くためにギターボーカル・クボケンジさんのライナーノーツを読んでいて、そのときに「君に春を思う」についてのコメントを見つけたのだった。

 〈「愛してる」って言ってみたかったのです。その言葉はあまりにうさんくさくて仕方ないものだけど、時々すごい力を発揮する。まぁ後で「ありえないよな」って言う所で自分と折り合いをつけました。 〉(引用:メレンゲ『星の出来事』クボケンジによるセルフライナーノーツhttp://wmg.jp/artist/merengue/WPCL000010267.html

 メレンゲの曲は(それこそこの時期の曲はとくに)歌詞がかわいいのだけれど、ライナーノーツまでこんなにかわいいなんて! クボさんのことばのキュートさにどぎまぎしたのは言うまでもない。

 アルバム『星の出来事』には「8月、落雷のストーリー」、「彼女に似合う服」、「バスを待っている僕ら」など、メレンゲのなかでもとくにすきな曲が収録されている。けれども「君に春を思う」はなんとなく苦手でずっと聞いていなかった。先にあげた3曲は、アコースティックギターの音と歌詞のなかの主人公たちのうまくいっていないらしい恋愛事情があわさっているのと、爽やかな音楽で寂しいことをうたっているのとでせつなさが増してどきっとするからすきだ(高校の音楽の先生が「Lascia ch'io pianga」という曲の説明をしているときに「悲しいことをうたうときほど美しい響きをもたせた曲に仕上げるもの」みたいなことを言っていて、たぶんそれと似たようなことだとおもう)。対して「君に春を思う」は、温かみのあるサウンドに〈愛している〉という告白のことばが重なって、ただただ幸せな曲のような気がして、そんなことで、それだけでいいのかと、ほんとうは悶々とするような曲ではないのにもやもやしてしまっていた。

 いまはとても、「君に春を思う」がすきだ。クボさんが愛してるって言ってみたかったからつくった曲で、愛してるって言ってみたけどほんとうっぽくなさがどうしようもないからありえないよなって言っている曲で、だから、愛に満ちている曲でいいのだとおもえるようになった。それは、はじめて聞いたときよりもじぶんが大人になって、だれかを純粋に愛することの難しさであったり、永遠なる愛が途切れてしまうことがあるのだと知ったから、単純に愛していると言っているだけの曲に感動するようになったのかもしれない。だって、大切なひとってうたって泣いた夜を過ごしたひとたちが、その数年後にはお別れしなくちゃいけなくなる世のなかじゃないですか。そんなのは軽率だと言われてしまうかもしれないけれど、そのひとを愛してもいいと許される瞬間くらい、〈この星の真ん中 嘘みたいに本気で/愛している〉って言ってしまってもいいんじゃないかとおもう。

 愛しています。

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