わらびの日誌

Please forget me not, but I'll forget you. So it goes.

流れるような恋をして

今週のお題「恋バナ」

 街角から飛びだしてきてぶつかってくるのはパンをくわえた制服のおんなのこだけでいい。通勤中に自転車をこいでいたら日本郵政のジャケットを着た男のひとが建物から猛ダッシュで飛びだしてきて、「とっさにブレーキをかける」という動作の、とっさに、の部分すら間にあわないうちに男のひとと衝突してしまった。男のひとは背中から倒れて、その手に持っていた荷物も歩道に放りだされた。おたがいに大丈夫じゃないくせにかたちだけの大丈夫ですかを言いあって、その場を離れたのはいいものの、会社に着いてからどうやらぶつけたらしいおなかが痛くなってきて、右手の人差し指もなんだか腫れているし、これはまずいかもしれないとおもって、いま病院で診察待ちしている。2017年1月25日18時57分のことである。

 この自転車で何回転倒したのだろうとおもう。段差にひっかかったり、嵐電の線路にタイヤがはさまったり、今回もひとと衝突したり、散々な目に遭ってきた。べつに、これは祖父の形見で、みたいな捨てられない理由があるわけでもなく、買いかえるタイミングがとくになかったのでずっと乗りつづけている。高校入学を機に買ってもらったこの自転車ではじめて行ったのは、おもいかえしてみればいまの恋人の家だ。自転車に乗るような距離でもないのに、あたらしい自転車に、兄のおさがりではない自転車にわくわくしてしまって、けれども高すぎるサドルを下げることができなくて、彼の家まで自転車を押して走ったのだった。10代の恋愛なんて一過性のもので、恋愛対象なんていくらでも変わっていたけれど、そのときから彼にだけは嫌われたくないなあとおもっていた。

 診察室に入る。1年くらい左手の薬指の治療で通っていたから、目新しくも懐かしくもない。先生に腫れている指を押されたらやっぱり痛かった。そしておなかも触れられると痛いし、押されるともっと痛いのだけれど、触った感じだと内臓などに異常はないらしい。ひさしぶりにレントゲン室のまえで待つ。19時21分のことである。

 彼との出会いは14年くらいまえ、小学5年生のクラス替えでクラスがいっしょになって、わたしの机に彼が間違えてランドセルを置いていったのがはじまりだった。そのときは馬鹿だなとおもっていた(関西人であるが「アホやな」ではない、「馬鹿だな」である)し、変に完璧主義なところがあったからとても腹がたっていた。

 あれ、この指ははじめてやね? とレントゲン技師のひとに聞かれて、そうなんです、となるべく明るい口調になるように声を出す。カルテの記録はきっと左手の薬指のことでいっぱいなのだろう。おなかのレントゲンは撮らないのだなとおもいつつレントゲン室を出る。19時31分のことである。

 名簿が前後のわたしたちは、名簿順でならべば前と後ろで、卒業アルバムの写真もとなりどうしで、アルバム内の手書きのプロフィールも上と下だった。そのころから遠い未来のことを書くのが苦手だったわたしは、そのときからなりたいとおもっていたはずの小説家を夢として書いていなくて、彼のプロフィールはなんだかゲームばっかりで、なりたいものはハリーポッターの影響なのか魔法つかいだった。

 ふたたび診察室に入る。今回は骨折してませんよ! と先生とともに喜びあった。軽いのか重いのかは知らないけれど打撲らしいので湿布を貼っておけば治るらしい。待合室に戻り、恋人にメールを送る。19時41分のことである。

 おたがいが両想いで惹かれあう、というわけでもなく、2月29日が記念日なんておもしろいからといって大学1回生のおわりにつきあいはじめた。たぶん、ある程度おたがいのことを知っていたから、あなたこんな屑みたいなところがあるのね、がっかりした、みたいな喧嘩もなくすごせているのだとおもう。そうやって、つっかえることなく、流れるように、恋人とすごしてきた。

 タンデムなら何回もしているのに、バイクのうしろに乗ることにわくわくしながら恋人の迎えを待つ。来月ぶじにディズニーランドに行けそうなことにほっとしていた。19時53分のことである。

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