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わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

ご期待にはそえません

特別お題「おもいでのケータイ」

 ともだちのケータイの着信音は黒電話の音だと知ったのは授業ちゅうのことで、それが何度かつづいたせいか黒電話の音が鳴るとクラスじゅうの視線が彼女に集まるようになった。先生も黒電話の音が鳴ると迷わずに彼女の席にむかい、ケータイを没収した。なぜケータイが鳴るのか聞いてみると、マナーモードにするのを忘れたときに限ってピザ屋の宣伝メールが届くのだと言っていた。

 わたしが通っていた高校では授業ちゅうにケータイを鳴らすと没収される。1回目は授業終了後に先生に注意されるだけですぐに返してもらえて、2回目からは生徒指導部の先生と面談し、反省文の提出を求められる。なぜ詳しく知っているかというと、わたし自身授業ちゅうにケータイを2回鳴らしたことがあるからだった。1回目は高校3年の英語のライティングの授業で、オルゴールの音に変換されたトップ・オブ・ザ・ワールドが鳴ってしまった。先生はすぐにわたしのところにやってきて、「アウトやな。ケータイ出して」と言った。没収したわたしのケータイを持って教壇のほうに戻ると、「いまのってこれやんな」とトップ・オブ・ザ・ワールドの歌詞を筆記体ですらすらと黒板に書いた。おお、ライティングの授業っぽい、とわるいことをしたくせに妙に感動していた。クラスメイトたちはあまりライティングの先生のことを好いていなかったとおもうのだけれど、わたしは先生のそういうところがたのしくて好印象をもっていた。トランプでだれを当てるか決めるのもおもしろいなあとおもっていた。

 2回目に鳴ったのは英語のリーディングの授業だった。トップ・オブ・ザ・ワールドが鳴ったとたんに先生が「誰や」と怒っているけれどすこしふざけ気味に言って、犯人探しのムードになった。わたしはケータイが鳴ったことを隠す気がなくて、スクールバッグからいそいそとケータイを取りだした。先生はきょとんとする。「なにしてるん?」と聞かれ、ケータイが鳴ってしまったので電源を切ってお渡ししようと……といったことを述べたとおもう。しかし、ケータイを渡しても先生は納得していないようで、なぜあなたがケータイを出すのとふしぎそうな顔をしていた。ああ、これは、とおもった。わたしは先生のご期待にそえなかったのだ。先生は見ためからしてまじめそうなわたしがケータイを鳴らすことは望んでいなくて、どちらかというといかにもケータイを鳴らしそうなちょっとやんちゃなクラスメイトのおとこのこのケータイを没収していびりたかったのだ。

 ふわ、と教室のほうに歩いていた。体調がわるいので保健室に行きますと言って授業ちゅうの教室を出た。保健室の先生がかんたんにベッドを提供してくれるひとではないのは知っていたから、ブレザーのポケットに入れていた鍵で放送室に入り、リーディングの授業がおわるまでとじこもっていることにした。毎日出入りしている放送室にいると気分は落ちついたけれど、発声練習をしたら授業をさぼっているのがばれてしまうし、なにかおもしろい音源を発掘するにもひとりではむなしくて、ただじっとすわっていた。むかしから、まじめだとか、あたまがいいとかおもわれるのがすごく苦手だった。まじめにすごしてきたのはわるいことをするのがめんどうくさかったからだし、勉強はできないとめんどうくさいことがたくさんあるから困らない程度にやっていただけだった。人間はだれだって失敗するという考えかたをわたしは信じているのだけれど、まじめであたまがいいというだけで失敗を許されていないような気がしてしまう(実際はまじめじゃないから気分がのらなかったときに部活をさぼったこともあるし、あたまもよくなくて世界史のテストで130点満点中16点をとったことがある)。

 チャイムが鳴ってしれっと教室に戻ったあと、どうやったのかは覚えていないのだけれど、没収されたケータイをその場で解約して機種変更した。差し色のターコイズブルーが綺麗だったし、スライド式で使い勝手もよくて気に入っていたのに、とつぜん愛を感じなくなってしまったのだった。

 そういえば、中学3年のときの担任の先生もわたしのことをまじめであたまがいいとおもっていた。公立高校は不合格だったから滑りどめの私立に行くことになったと先生に報告したら怪訝な顔をされてしまった。その帰りに先生から電話がかかってきた。おまえが公立落ちるわけないとおもって確認したらやっぱり合格してる、公立に行って手続きをしてこい、みたいなことを言われた。あたまのなかは私立のおいしい学食とかわいい制服のことであたまがいっぱいだったけれど、電車で私立まで通うのはめんどうだったから、もう一度合格発表を確認しに公立高校まで引き返すことにした。

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