わらびの日誌

Please forget me not, but I'll forget you. So it goes.

繊細な魔法で

今週のお題「おやつ」

 「男をつかむなら胃袋をつかめ」ということばをよく聞くけれど、女でも子どもでもおじいちゃんでもおばあちゃんでも美味しい食べものがすきだということには変わりないのだから、「人間をつかむなら美味いものをよこせ」でもいいんでないかとおもう。そうして恋人のおとこのこに美味しいものをたくさん買ってもらったりつくってもらったりしてまんまとつかまれているわたしです。

 ケーキがつくれるひとは魔法つかいかなにかだ。小学校、中学校、高校と過ごしてきて、おんなのこたちはみんなお菓子づくりが上手だったようにおもう。バレンタインデーにもホワイトデーにもちいさなカップケーキみたいなのをつくっては持ってきてくれた。大学の後輩もしょっちゅう手づくりのお菓子を持ってきてくれる。わたしはというとクッキーすら上手に焼けなくって、いつつくっても硬すぎたり柔らかすぎたりして駄目だった。しかもどれくらいつくればいいのかわからなくて美味しくないわりに大量につくってしまう。料理やお菓子づくりに限らず立体造形が苦手(図画工作や美術の成績はいつも悪かった)でうまくできないから、向いていないんだろうなとおもって、いつしかつくるのは諦めて食べる専門になっていた。だから、大学1回生のおわりのバレンタインデーにおとこのこに渡したのも仙台駅のフェアで買ってきた生チョコレートだった。

  そのひとが恋人になってはじめてのホワイトデーを迎えた。小学生のころからの経験上、おとこのこのホワイトデーのお返しというのは出来合いのお菓子が鉄板だ。しかも苺味で、わたしが食べられないやつだ。うまくできてるかわからんけどとか、中まで焼けてるかわからんけどとか言いながら恋人が持ってきたのはりんごケーキだった。ただただびっくりした。カップケーキではなくホールである。こんなの、仲のよいともだちにももらったことがない! しかも美味しい。ケーキはクリームが甘ったるすぎてたくさん食べすぎると飽きたり胸やけすることがあるのだけれど、りんごの甘さやアンズジャムの酸っぱさがちょうどよくって食べやすい。恋人のことは小学生のころにすきだった時期があって、大学生になってふたたび惚れたきっかけは別にあるのだけれど、この瞬間わたしはこのひとにつかまれたのだった。

 のちに、ケーキがつくれるひとは魔法つかいではなくって、几帳面なひとだと気づく。恋人はなぜか料理をしようというときには必ずまな板を熱湯消毒する。ラーメンをつくるときにはどんぶりをあたためる。ケーキづくりでおそらく重要なのは材料の分量をきっちり計れるかどうかなのだけれど、恋人はすごく細かく計る。ちょっとでもずれたらやりなおす。わたしはというと1グラムとか2グラムとかの差を気にしないし、『ゼルダの伝説 ブレス・オブ・ワイルド』で鉄の箱や鉄球を動かすときにどっと一気に動かしすぎて、よくリンクを下敷きにしてダメージを受けてしまう。リンクを傷つけないためにももっと繊細にならねばならない。

 料理がんばってもらわななと恋人に言われているものの、お菓子だけはずっと食べる専門でいるような気がする。このあいだのバレンタインデーもガトーショコラをつくろうとしてクッキーにしてしまった。お菓子づくりでゆいいつ得意だとおもっているプリンも砂糖を入れ忘れてとんでもなく味のしない卵と牛乳のかたまりにしてしまったことがある。母が、カラメルだ、カラメルのにおいがする、わあい、と騒ぎたてているのをなだめているうちに、砂糖を入れるのを忘れてしまったのだった。わたしが使っているプリンのレシピには「おいしくなあれと3回唱える」という段があるのだけれど(クックパッドの記事なのだ)、「おいしくなあれ」はことばであって砂糖ではないから、唱えたところで砂糖が入っていないプリンが甘くなることはなかった。

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