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わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

幸福感

今週のお題「20歳」

 中学生のころに『プロポーズ大作戦』を見ていたせいか、20歳の誕生日をむかえたらとんでもなく世界が変わるのだとおもっていた。実際のところ、20歳になってもわたしは長澤まさみにはならなかったし、山Pも現れなかったのだけれど。それでも、2012年はなにもかもが新しくて、嫌な未来を想像することもなかったから、とっても幸せな日々を過ごした。閏年だからといって小学生のころからつきあいがあるおとこのこを口説いた。現在の恋人である。りんごケーキをつくるのがとても上手だ。大切にすることは優しくすることではないけれどだからといって傷つけていいわけでもなくて、でも、大切であれば優しくすることができるし優しくしてもいいのだと気がついた。はじめてひとに優しくしたいとおもった。正確にいうと20歳になるまえなのだけれど、いつからさして好きでもなかったわたしのことを好きになったのかとか、つぎの閏年には結婚適齢期のこともあるからずっといっしょにいるかどうか決めてしまってもいいんじゃないかとか、ひとは完全に理解しあえるいきものでないからわたしのことを完璧にわかろうとしなくていいとか、怖いもの知らずなことばを投げかけるくせに、恋人の部屋の天井が空の模様になっているのを見るたびに、ここには小学生のころにも入ったことがあって、天井が空の模様って『トイ・ストーリー』みたいやなあとおもったことも覚えていて、そんなちいさいころから知っているひとと恋人どうしになったなんて不思議で不思議でしかたがなくって、同時に、恋人を好きだという状態をどうすれば示したことになるのかがわからなくって困ったりもしていた(金井美恵子さんの「愛の生活」の〈私は本当にFを愛しているのだろうか?〉現象と呼んでいる)。いまとなっては考えかたがずいぶん穏やかになって、いっしょにいるだけで幸せじゃないかとおもっている。あとひと月もすれば2月29日が、恋人どうしになって4年目の日がやってくる。ところで、20歳になった年が閏年ということは、わたしが生まれた年も閏年だったことになる。24年前の2月29日にはすでに母のおなかのなかにいたのだろうとおもうと妙に幸福なきもちになった。

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