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わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

西加奈子『きりこについて』

西加奈子『きりこについて』

――きりこがぶすのきりこでよかった!

 

  顎がないぶわぶわの輪郭、がちゃがちゃと太い眉毛、漢字の「犬」の点みたいな目、アフリカ大陸をひっくりかえしたような鼻、難解な歯並び、自信なさげにあたまに食らいつく黒髪。ついでに首なし、くびれなし。おまけにふりふりのワンピースをまとっている。そう、このぶすが、初恋の相手に〈「やめてくれや、あんなぶす。」〉なんて言われてしまうくらいぶすなのが、『きりこについて』の主人公・きりこなのだ。

 きりこは両親の愛をぞんぶんに受けて育ったから、じぶんがぶすであると気づかずに生きてきた。自覚したのは初恋に敗れた2年後、中学生になってからだ。きりこは家に引きこもるようになり、1日中猫のように眠りこける生活を送るようになる。もちろん、ぶすが引きこもりました、はいおしまい、ではない。きりこは予知夢を見られるようになる。きりこは予知夢をきっかけに家の外に出る。

 勝手ながらここで美しい女性のはなしをする。R.ブローティガンの『愛のゆくえ』に登場するヴァイダは完璧な容姿に悩んでいる。きりこに分けてやってほしい……というのはともかく、ふたりとも見た目は真逆だけれど外見と中身を切り離して考えている点はおなじだ。ヴァイダのばあいは、この体はじぶんのものでなく姉のものだと言い、外見と中身があべこべになっていると主張する。きりこのばあいは、外見という容れ物にとらわれずそのひとを見るという考えを徹底している。相手がぶすでもかわいくてもそのひとはそのひとである、と外見をはぶいて人物をとらえるのだ。人間、たいせつなのは外見じゃなくて中身、というやつだ。けれども『きりこについて』では正解にならない。きりこはすっかり変わってしまった初恋の相手と再会して、じぶんだって外見にとらわれていたと気づく。ひとは、外見も中身も人生もすべてひっくるめてそのひとなのだ。きりこ、よく気がついた! えらいぞ、きりこ!

 さいごに、出会ってからずっときりこのそばにいたラムセス2世に感謝の意を表し、この文章を終えることにする。きみはほんとうに賢い。