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わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

窪美澄『ふがいない僕は空を見た』

窪美澄ふがいない僕は空を見た

――すきなひととえっちしてなにがわるい! でも、つらくなったりする。
ふがいない僕は空を見た (新潮文庫)

ふがいない僕は空を見た (新潮文庫)

 

 

 「おれ」は高校の帰りに「なにかのアニメのなんとかという役」のコスプレをしたあんず(偽名)とのセックスにふけっている。

 妊娠できない「私」はでぶでぶすで不妊で、慶一郎さんの精子も量がすくなくて、ちっとも妊娠できなくて、姑に従ってしたくもない不妊治療を受けている。

 「あたし」はすきなひととセックスしたいのに、すきなひとはハメ撮り写真や動画をばらまかれてセックスできなくなっている。

 「僕」は酒びたりで暴力をふるうおとなと悪ガキであふれている団地からいつか出ていってやろうと、勉強を教えてもらっている。

 助産師の「私」は別れた夫や周囲からの執拗な非難によって学校に行かなくなった息子から逃れるように仕事に没頭している。

 それぞれ問題をかかえている5人がおなじ町で暮らしていることだけでもびっくりしてしまうのに、「おれ」・斉藤卓巳は妊娠できない「私」・岡本里美と不倫関係にあり、「あたし」・松永七菜は卓巳のことがすきで、「僕」・福田良太は卓巳のともだちでよく家に出入りしていて、助産師の「私」は卓巳の母なのである。世界はひろくって、この空は遠いところまでつながっているから離れていてもおなじ空を見られるなんていうけれど、彼ら・彼女らにとって世界はすんでいる町の範囲しかなくって、とても狭いのだった。空だって町のうえにあるだけだ。さいきん、ネットテレビでアニメ「銀魂」が放送されているのだけれど、天人に開国をせまられて侍たちが刀をうしなった江戸の町と彼ら・彼女らの町はなんだか似ている。荒廃し、悪意がはびこり、混沌としていて、ひとびとは町から逃げだすことができない。逃げだすことができないから、彼ら・彼女らは悶々としながら苦しみと向きあわなければならないのである。そして、読み手も彼ら・彼女らの苦しみから目をそむけることができない。時間で解決するには膨大すぎる苦悩に、読んでいて泣きそうになるのに涙がうまく出てこなくなる。

 いつかは救われると未来を見上げて生きるこのひとたちに、どうか、水分(みくまり)の神のご加護を。