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ねえこつち向いてよ永久が落花するやうなひとひらキスをしませう

東京マッハvol.20「北九マッハ 春・海峡で落ち合えば」のはなし

 朝、博多のホテルを出たときからすでに降っていた雨は、JR門司港駅に着いても止まなかった。ツイッターを見ると、東京マッハの地方開催のときはいつも天気がわるいと書かれている。〈思い出はいつの日も雨〉とサザンオールスターズがうたっていたけれど、そのとおりだなとおもった。雨のなか、まだ開閉時間を迎えていないはね橋(恋人の聖地らしい)を見に行き、門司港名物の焼きカレーとデザートのフォンダンショコラをたべてから、わたしと恋人は今回の会場である三宜楼にむかった。

 東京マッハとは、文筆家の千野帽子さん、ゲーム作家の米光一成さん、小説家の長嶋有さん、俳人の堀本裕樹さんと各回のゲストによる公開句会だ。オーディエンスは出演者がつくった俳句の一覧(選句用紙)から特選(ベスト1)・並選(すきな句)・逆選(文句つけてやりたい句)を決めて投票する。今回は30句のなかから特選を1句、並選を6句、逆選を1句選んだ。出演者もおなじように選句して句会にのぞむ。また、俳句は無記名の状態で載せられており、1番から5番までが◯◯さんという状態ではなくランダムに並べられている。

 

 百畳間が観客でいっぱいになり、東京マッハがはじまった。まずは司会の千野さんによる出演者の紹介だ。今回のゲストは『キッズファイヤー・ドットコム』で熊日文学賞を受賞したばかりの小説家・海猫沢めろんさん。東京マッハのゲストは出演後に賞を受賞するというジンクスのようなものがあるのだけれど(『コンビニ人間』の村田沙耶香さんや『爪と目』の藤野可織さんなど)、出演前に受賞するパターンははじめてだそうだ。

 「東京マッハは乾杯ではじまる」ということで、一同乾杯。それから出演者が選句を発表した。ここからは得票数順(特選2点、並選1点、逆選は加点減点なし)に俳句をあけていった。

 この記事ではトップ(4点)、3点、会場トップ、会場逆選王の句を紹介する。

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一冊百円三冊二百円春燈

 今回トップの4点句。米光さんが特選、長嶋さんと堀本さんが並選を入れた。漢字ばっかり! 漢数字がいっぱい! 「冊」のリフレイン! で見ためのインパクトが強い句であるが、すごいのは「古本屋」と書かれていないのにだれもが古本屋を想像するところだ。一冊だと百円だけれど、三冊買うと二百円になるからほかにめぼしい本がないか探すという経験をしたことがあるひとも多いのではないだろうか。この点から、長嶋さんは「この句の作者は貧乏だ!」と読み、会場で笑いが起こる。一方で、選を入れた三人がそれぞれの読みかたでとらえていた「春燈」(米光さんは「はるあかり」、長嶋さんは「しゅんとう」、堀本さんは「はるともし」)が上の句・中の句に似合っていないのではないかと海猫沢さんが指摘する。一冊百円などの古本は店外のワゴンで売られていることも多く、それだと「春燈」からイメージできる暖かい明かりと「一冊百円三冊二百円」で景がぶれてしまうからだ。

⇒作者は千野さん。今回の東京マッハ(北九マッハ)開催にあたり協賛した古本や檸檬さんへの挨拶句だった。

 

嚥下する水の速度や冬の星

 3点句。海猫沢さんが特選、堀本さんが並選を入れた。ことばの格好良さと、喉を通り抜ける水を速度でとらえる感覚を冬の季語「冬の星」が受けとめる美しい句だ。「飲み下す」ではなく「嚥下する」なのがよりスピード感を醸し出している。この句をいっそう美しくしたのが堀本さんの「地球は水の星だから」という読み。地球は水の星であるし、ひとが飲んだ水が上(口)から下(体内)に移動するイメージと、重力によって水が上(宇宙)から下(地面・海)へとむかうイメージが「冬の星」によって想起されるのだ。ちょっとそれは格好良すぎませんか! 堀本さんの読みを聞いた千野さんが「とればよかった」と後悔する場面も。 

⇒作者は米光さん。米光さんといえば「架空のブランドねまちゅかねまちゅか」のような楽しい句のイメージもあるのだが、今回の提出句はまじめだった。(ねまちゅかねまちゅかがふまじめというわけではないです。)

 

脳外科のエレベーターに椅子遅日

 3点句。長嶋さんが特選、千野さんが並選を入れた。エレベーターに椅子があるという発見や、ほかの科の患者とは違って脳外科の患者と居合わせたときに現れる緊張感を感じられる面白い句だ。「脳外科」ということばのドライな印象も俳句全体の印象を引き締めている。長嶋さんと千野さんは春の季語「遅日」(春になり日が長くなり日暮れが遅くなること)に快方のイメージを持ったが、逆に手遅れなイメージともとれるのではないかという指摘もあった。

⇒作者は米光さん。病院に行くと俳句がよくおもいつくらしく、身内のお見舞いに行くのが楽しみとのこと。

 

うららかや餃子の羽根の薄きこと

 3点句。千野さんが特選、海猫沢さんが並選を入れた。「薄きこと」という下の句のおわりかたが格好良い。海猫沢さんは「この句の餃子の羽根はきっと白い、高級な餃子」と読む。そこに長嶋さんが「これは冷凍餃子の羽根だ、茶色くてジャニーズのニノや大野くんが『見てこの羽根!』みたいにやっているCMのような句だ」とバトルをしかける。餃子の羽根について言及されはじめたのはいつごろなのだろうか、ここ十年くらいのはなしなのではないかと餃子談義で盛りあがる。

⇒作者は堀本さん。「この餃子はめろん餃子ですか? 長嶋餃子ですか?」と尋ねられると、「めろん餃子です」とのこと。ちなみに海猫沢さんがおっしゃるような白い羽根の餃子が実在するかは不明である。

 

ヨーグルのさじ小さくて冬帽子

 3点句。千野さん、長嶋さん、堀本さんが並選を入れた。ここで千野さんが客席に「今回のお題分かったかたいらっしゃいますか?」と質問を投げかける。東京マッハでは毎回お題が設けられており、前回トップとゲストがお題を決めることになっているのだ。客席から「駄菓子!」という解答が出て、見事正解。今回のお題のひとつめは海猫沢さん出題の「駄菓子」だった。「ヨーグルトじゃないんだけどヨーグルトのような……」「なんか白くて甘い……」「なんか甘いやつが入ってる……」としどろもどろになりながら出演者たちが駄菓子のヨーグルを説明する。ヨーグルの容器の小ささにたいしてさじも小さくて掬うのにいらいらするという共感ポイントから、「小さくて」の「て」による“ゆるふわ切り”(千野さんによる俳句用語)が中七までに述べられたことと下五の冬の季語「冬帽子」に理由づけをせず嫌味がないところに好感がもてる。ヨーグルの容器と冬帽子のシルエットが似ていることに取りあわせの上手さもある。千野さんの「ヨーグルトだと(冷蔵で)冷たいから冬は(常温の)ヨーグル」という読みが印象的で、ヨーグルに冬の季語は抜群に合うのだと気づく。

⇒作者は米光さん。ここまでで3句あくとは絶好調だ!(ちなみにヨーグルはたべたことがあります。あれ、なんなんやろう……白くて甘い……。)

 

口開けて聴かすや春のドンパッチ

 3点句。米光さん、海猫沢さん、長嶋さんが並選を入れた。ドンパッチは口に入れるとパチパチと音が鳴る駄菓子なのだけれど、それをわざわざ口をあけてひとに聞かせるという行動があるあるで共感できる句だ。「聴かすや」で切れ字の「や」を使うのは大げさだという指摘もあったけれど、ぱかんと口をあける行為に似合っている。「“春の”ドンパッチ」も夏・秋・冬ではなく春がいちばんしっくりくるところが、この句の強さになっている。

⇒作者は堀本さん。個人的に堀本さんの音の句がすきで、2016年3月の大東京マッハのときの「春雨の音や人工授精中」にいまだにしびれています。(ちなみにドンパッチは知らなくて、わたしがたべたことがあるのはパチパチパニックという名前でした。パチパチ系でよくたべていたのはわたパチです。)

 

耳打ちのよく聞こえずに笑むや春

 会場トップの句をあけようということで、休憩後さいしょの句はこちら。壇上では2点句で、海猫沢さん、堀本さんが並選を入れた。耳打ちがよく聞こえなくて笑むというこれもあるあるである。先述のドンパッチの句とおなじく「笑むや“春”」も夏だとうるさいし、秋や冬だと寂しいから春が似合う。耳打ちをするようなふたりの人間の距離感からこれはリア充俳句だという指摘が面白かった。

⇒作者は長嶋さん。実はアンチリア充俳句とのこと。(ちなみに同行していた恋人が特選を入れていて、うん、せやな……と納得しました。わたしは逆選にするか迷った句で、ひとのはなしがよく聞こえなくって曖昧に笑むことがめちゃくちゃ多いので、笑むや春じゃない、春とか言ってんとちゃんと聞かな! とおもってしまいました。あるあるすぎて逆にとれなかったパターンです。)

 

合体中攻撃しない約束じゃん

 会場で逆選がいちばん多かった逆選王の句だ。千野さんによると「会場の逆選は無季で口語のこういう句に集まりやすい」とのこと。壇上では千野さん、長嶋さんが並選、堀本さんが逆選を入れた。メカアニメものなんかで合体にかなりの時間を割いているのに敵はその間攻撃をしないという約束ごとが破られたことに文句を言っている句である。「長年東京マッハをやっているとみんな俳句がうまくなってしまってこういう句をつくらなくなるから保護したくなる」と千野さんは言う。逆選を入れた堀本さんは「“じゃん”をやめて季語を入れてもいい。合体中攻撃しない約束春」と提案する。合体中に攻撃してしまうパターンの作品だってあるという指摘もあった。

⇒作者は海猫沢さん。「合」でおもいついたのが「合体」しかなかったという発言から、もうひとつのお題が堀本さん出題の「合」と判明した。格好良い俳句はわりとすぐにつくれるけれど、特選か逆選かどちらかを狙うような句をつくりたかったという考えが潔くて格好良い。(ちなみにわたしは並選を入れました。無季で口語の句ってけっこう勝負しにいかないといけない気がしていてなかなかつくれないので、めちゃくちゃ憧れます。)

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 このあとも終了時間をオーバーしてしまうくらい東京マッハは盛りあがった。終了後、三宜楼を出て「楽しかった?」と恋人に尋ねてみると「面白かった」と返ってきたのでほっとした。ここまでしれっと書いてきたのであるが、実は恋人は俳句に興味があるひとではなくって、チケットをとったときには「おれも行くの?」と困惑していたし、当日は寝てしまうかもしれないから後ろのほうの席にすわろうなんて言っていたくらいだった。俳句は、つくるのももちろん楽しいけれど、ほかのひとの読みを聞くのがいっとう楽しいとおもう。

 ここ、お料理も美味しそうやしまた来たいね、と話しながら、わたしと恋人は雨の門司港をあとにした。夜景も見られなかったので、門司港にはまたいつか来るとおもう。恋人の聖地のモニュメントの横ではね橋(ブルーウィングスもじという名前である)がひらいたりとじたりするのを見にいくのだとおもう。

 先生はVRカーペットの毛をむしるか否かを議論しながら、わたしたちは小倉で餃子ともつ鍋をつついた。ちなみに恋人はむしらない派で、わたしはむしる派だ。