わらびの日誌

please forget me not, but I'll forget you. so it goes.

2016.11.28 静かなじかん

 ピアノの発表会のあとはなんだか音がなくって寂しいなっておもいます。最果タヒさんの『きみの言い訳は最高の芸術』っていうエッセイ集に〈音楽というのは終わっているもの〉、〈死んでしまっているもの〉って書いてあったのやけれど、まさにそんな感じです(本のことはまた別の日に書きます)。いままで、音楽って作曲家が死んでもバンドが解散してもこの世に残るからなにがあっても生きつづけるっておもっていたのやけれど、鳴ってへんときの音楽って息してへんよなって出番の直前にふっと気づいたのでした。眠っているっていう状態はなくって、鳴ってるときは存在して、鳴ってへんときは存在してへん、というんでしょうか。演奏が音楽に息を吹きこむことやとしたら、演奏が終わるのは、音楽を死なせてしまうというとちょっとことばが強すぎて違うんやけれども、風船に空気を入れてまた空気を抜くのと似たような現象が起きてるんかなあという気がします。なんか、手持ち無沙汰です。もちろん、この手持ち無沙汰さっていうのは、本番が終わって発表会の曲を弾く必要がなくなって、日常生活に組みこまれていたピアノの練習から急に解放されてしまったからっていうのもあるのやけれど。

 5月からきのうまで、わりとけっこうそこそこ苦手なショパンがつくった「革命のエチュード」という曲を弾いていました。なんで苦手やのにショパン弾くねんという感じですが、なんかそういうことになってました。苦手っていっても発表会で弾くからには弾けるようになっとかなということで暗譜はしていたのやけれど、練習曲に曲想なんてあるんかっていう違和感があってようわからん状態で弾いてました。数日まえになってさすがに曲想ないんはまずいんとちゃうかっておもって、ショパンがなんかの革命に行きたかったけど行けへんかったっていうのをどこかで読んだしそれをモチーフにして、行かせて、あかんで、行かせて、あかんで、っていう変な歌詞を想像しはじめました。最終的に、革命に行きたかったけど行かせてもらえへんくて、そのわりにいまいる場所でじぶんの音楽が評価されてしまってきらびやかな日々を送ってるのが腑に落ちひんくて、そのころ革命の舞台では仲間がつぎつぎと死んでいって、なんで行かせてくれへんかってんよってめっちゃ怒って、じゃあ行ってみたらええやんって呆れられながら言われて、家を出たら雨が降ってて、ああ革命は終わったんやなってふっと悟って、おれは死んだ仲間のことをおもいながら生きていくことになるんやな、もう泣かへんで、でもきょうだけは泣かせてよ、っていう曲想ってことにしました。

 本番は曲想なんて考えてるひまはなくて、指を動かすのに必死で、いっぱい間違えたし詰まったし下手くそやったし(恋人に撮ってもらった写真を見たら口がとんがってた)、短い曲っていうのもあってあっというまに終わってました。発表会で弾く曲ってすごい特殊で、本番で弾いたときの演奏が最高の演奏になって、息をしていて、けれども本番が終わってしまうとどれだけ弾いても息をしてない感じがして、あれだけ練習した「革命のエチュード」のいちばんいい演奏が手元に残っていなくて、妙に悲しいようなむなしいようなきもちになります。これも手持ち無沙汰さの理由かもしれません。

 つぎのレッスンからなにを弾くんやろうと気にしつつ、もとの日常に戻っていく感覚に胸の奥をひりひりさせながらすごします。そういえば、ほんまにピアノすきなんやねって言われて、そうか、ピアノすきなんかって他人事のようにおもってました。17年目の秋のおわり、冬のはじまり、はじまり。

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